前回のコラムでは、2026年6月1日に施行される改正保険業法を前に、比較推奨販売の考え方がどのように変わっていくのかを整理しました。今回は、その続編として、制度趣旨の説明ではなく、実務上、何を証跡として残すべきかに絞って整理します。金融庁は、令和7年保険業法改正に係る内閣府令案等および監督指針改定案を2025年12月に公表しており、あわせて2025年保険モニタリングレポートでは、代理店手数料と比較推奨販売の関係性について分析を進める必要性を示しています。
したがって、これからの比較推奨販売対応では、「比較した」「説明した」という事実だけでは足りません。顧客意向を起点として、比較対象をどう整理し、どのように絞り込み、なぜその保険商品を提案したのかという一連の判断過程を、後から検証できる形で残しておくことが重要になります。監督指針改定案では、比較可能な商品についての説明と、顧客意向に沿った選別・提示・推奨という方向性が制度上整理されています。
■まず残すべきなのは、顧客意向の内容
最初に残すべきなのは、当然ながら顧客意向の内容です。もっとも、これは改正後に初めて求められるものではありません。現行実務においても、意向把握・意向確認に用いた帳票等の保存について、金融庁の考え方は既に示されています。ただし、ここで注意したいのは、顧客意向を単なる項目名やチェックボックスで終わらせないことです。
例えば「保険料重視」「補償・保障内容重視」とだけ記録しても、その後に比較可能な商品群から何をどう選んだのかは説明しにくくなります。
今後必要になるのは、比較対象の選定につながる程度まで具体化された顧客意向です。これは、金融庁のワーキング・グループ資料でも、顧客が重視する項目を丁寧かつ明確に把握した上で商品を選別・推奨する考え方として示されています。
■顧客意向は「項目名」ではなく「具体的条件」で残す
今後の実務では、「保険料」「補償・保障内容」「支払条件」などのチェックを付けるだけでは、十分な記録とは言いにくくなります。何故なら、その程度の記録では、比較可能な商品群からどのような基準で選別したのか、後から合理的に説明しにくくなります。
例えば、保険料を重視するとしても、「できるだけ安い保険料」なのか、「月額1万円以内」なのか、「現契約より大きく増えない範囲」なのかで、比較対象の整理は変わります。補償・保障内容を重視するとしても、「補償・保障重視」だけでは足りず、「対人・対物は無制限」「車両保険を付けたい」「就業不能時の給付額は月20万円以上を希望」など、具体的条件まで把握してはじめて、絞り込みの理由がつながります。監督指針改定案の方向性からみても、顧客意向に沿って比較可能な商品を選別し提示・推奨する以上、意向は比較・選別に使える水準まで明確化して残すことが必要です。
■次に必要なのは、比較対象をどう選んだかの記録
比較推奨販売で実務上抜けやすいのが、比較対象の選定理由です。顧客に複数の商品を示したとしても、なぜその商品群を比較対象にしたのかが残っていなければ、比較の合理性を後から説明しにくくなります。
ここで残すべきなのは、たとえば、顧客意向に照らして補償内容が近い商品を選んだのか、一定条件を満たす取扱商品の中から抽出したのか、顧客から特定会社との比較要望があったのか、といった判断の根拠です。比較対象の選定理由が残っていれば、比較の出発点が恣意的ではなかったことを示しやすくなります。逆に、この部分が残っていないと、「最初から提案したい商品ありきで比較したのではないか」という疑念を招きやすくなります。
■最も重要なことは、絞り込みと推奨の理由
今回のテーマで、最も重視すべき証跡はここです。監督指針改定案では、比較可能な商品について説明を行い、そのうえで顧客意向に沿って選別し、提示・推奨する考え方が制度上整理されています。
そのため、証跡として特に重要になるのは、なぜその商品に絞り込んだのか、なぜその商品を推奨したのかという理由です。「当社方針による」「推奨商品である」といった形式的な記載では足りません。顧客のどの意向に対して、どの商品特性や補償内容が合致すると判断したのか、どの比較軸が決め手になったのかが読み取れることが必要です。
■顧客意向の記録だけでなく、絞り込みと推奨の理由まで残す
顧客が特定の保険会社や保険商品を希望すること自体は、まさに顧客意向の把握内容であり、その記録や確認は、現行実務でも既に必要な事項です。
したがって、2026年6月1日以降の比較推奨販売対応で新たに重要になるのは、顧客意向を記録することそのものではなく、その顧客意向を起点として、どのように比較対象を絞り込み、なぜその保険商品を提案したのかを、後から説明できる形で残しているかという点です。
実務上、少なくとも次の事項は、単なるチェックではなく、具体的内容として記録しておく必要があります。
● 顧客が重視している事項の具体的内容
例:保険料重視であれば「月額保険料は1万円以内を希望」「現契約より大幅に上がる提案は避けたい」
補償・保障内容重視であれば「対人・対物は無制限」「車両保険を付けたい」「就業不能時の給付額は月20万円以上を希望」
手続面重視であれば「ネット完結を希望」「対面で説明を受けたい」など
●顧客が特定の保険会社または保険商品を希望している場合の具体的内容
例:会社名、商品名、希望理由、背景事情、既契約との関係
●比較対象とした保険会社・保険商品の範囲
例:何社、何商品を比較対象としたか
●比較対象をその範囲にした理由
例:顧客意向に合致する商品を抽出した、顧客が比較対象を指定した、同種・同等条件の商品を整理したなど
●絞り込みを行った理由
例:保険料条件、補償・保障内容、既契約との継続性、希望条件との適合性など
●最終的に提案した保険商品と、その推奨理由
例:顧客意向との一致点、比較対象商品との相違点、最終判断の決め手
●顧客が特定商品を希望した場合に、その希望を踏まえてどのような説明を行ったか
例:比較説明の有無、他の選択肢の説明内容、顧客の確認状況など
●管理責任者が確認した内容
例:記録内容の妥当性確認、補記指示、修正指示、指導内容など
このように、記録すべき内容をあらかじめ整理しておくことで、後から「なぜこの提案になったのか」を説明しやすくなります。今後の比較推奨販売対応では、単に顧客意向を把握していたことだけではなく、その意向に基づく比較説明、絞り込み、推奨の過程がたどれることが重要になると考えます。
■顧客が詳細な比較説明を不要とした場合も、その経緯を記録しておく
顧客が詳細な比較説明を不要とした場合であっても、単に「顧客希望により省略」と記録するだけでは十分とはいえません。監督指針改定案の方向性は、比較可能な商品があることを前提に、顧客意向に沿って選別・提示・推奨する方向性が示されています。そのため、説明を一部省略した場面ほど、後から経緯を説明できる記録が重要になります。
そのため、比較可能な商品があることをどの範囲で説明したのか、顧客がなぜ詳細説明を不要としたのか、また、どのような意向に基づいて最終提案に至ったのかまで、後から説明できる形で残しておくことが重要です。
今後の比較推奨販売対応では、説明を行った場面だけでなく、説明を一部省略した場面についても、その理由と経緯を検証可能な形で記録しておくことが、重要になると考えます。
■管理責任者が残すべきものは、確認と指導の記録
比較推奨販売の証跡というと、募集人が残す記録だけに目が向きがちですが、それだけでは十分ではありません。監督指針改定案や関係内閣府令案では、特定大規模乗合保険募集人等に関する体制整備強化も示されており、法令等遵守責任者や統括責任者による実効的な管理運営が重視されています。
この流れを踏まえると、管理責任者が残すべき証跡は、案件確認を行った記録、不備に対してどのような指導を行ったか、是正状況をどう確認したか、教育・研修で何を周知したか、といった内容です。
募集人が記録を残していても、管理側の確認や指導の痕跡がなければ、組織として適切に運用していたとは評価されにくくなります。比較推奨販売の証跡は、募集人の記録と管理責任者の確認記録がそろって、初めて実効性を持つと考えるべきです。
■証跡は「後で作るもの」ではなく、「業務の中で自然に残るもの」にすること
現場でよく起きるのは、「証跡が重要なのは分かるが、記録負担が重くて定着しない」という問題です。
ここで必要なのは、記録を個人の努力に依存させることではなく、業務の流れの中で自然に残るように設計することです。
例えば、意向把握項目と比較理由・推奨理由の記入欄をつなげる、絞り込み理由を必須入力にする、管理者確認欄を設ける、点検時の確認観点を標準化する、といった方法です。
証跡は、監査のために後から作るものではなく、募集実務を適切に行えば自然に残る状態にしておくことが理想です。これは、比較推奨販売の適切性を継続的に示すための実務対応でもあります。
■これからの比較推奨販売対応では、説明できる証跡を残すこと
2026年改正保険業法を前に、比較推奨販売の対応は、制度理解の段階から、実務設計の段階へ移りつつあります。
これから重要になるのは、比較して説明したかどうかだけではありません。顧客意向の把握、比較対象の選定理由、絞り込みと推奨の理由、管理責任者の確認と指導までを、後から追える形で残しているかどうかです。
金融庁が、比較推奨販売に関する制度整備を監督指針改定案や関係内閣府令案で進め、あわせて代理店手数料との関係性の分析を示していることから見ても、この流れは今後さらに強まると考えられます。
今後の比較推奨販売対応においては、適切な提案を実践することに加え、その判断過程を検証可能な形で残す管理運営を確立することが、保険代理店に求められる重要な対応課題になるものと考えます。